はじめに:中部ブロック戦略産業クラスターの全貌
中部地域は、言わずと知れた我が国最高峰のものづくり産業拠点になります。
地域経済の活性化や企業の事業成長を支援する視点から、経済産業省が策定を進めている「中部 戦略産業クラスター計画」について解説いたします。
本計画において対象となる「中部ブロック(広域中部圏)」とは、経済産業省中部経済産業局が管轄する愛知県・岐阜県・三重県・富山県・石川県の5県を指す区分になります。
自動車産業を中心とする輸送用機械産業が世界屈指の国際競争力を発揮し、長年にわたり日本全体の経済成長を力強く牽引してきました。
しかしながら、世界的な脱炭素化の進展や経済安全保障環境の急変、デジタル技術の進化など、産業構造を揺るがす大きな環境変化が押し寄せています。
こうした状況に対応するため、2026年5月に「中部地域における戦略産業クラスター計画の素案」が取りまとめられました。
本計画は、中部地域の強固な製造業基盤を維持・発展させるとともに、次世代の成長分野へ戦略的に集中的な投資を誘導する重要な方針になります。
中部 戦略産業クラスター形成の推進背景と3つの重点分野
中部地域が直面する課題を乗り越え、グローバルな技術革新とビジネス創出を主導するために設定されたのが、中部 戦略産業クラスターの取り組みになります。
日本の成長戦略では17の戦略分野が掲げられています。
中部地域においては、既存のものづくり基盤や高い技術的優位性を存分に発揮できる分野として、「航空・宇宙・防衛」、「半導体」、「水素・アンモニア等」の3分野が重点領域に特化して指定されました。
| 重点分野 | 中部地域の主な特徴と目指す姿 |
|---|---|
| 航空・宇宙・ 防衛 |
国内最大の航空宇宙産業集積地。デュアルユース型生産基盤の確立を目指 します。 |
| 半導体 | 世界トップクラスの素材・メモリ拠点と、自動車等のユーザー産業が融合 したエコシステムを構築します。 |
| 水素・アンモ ニア等 |
産業などのエネルギー需要サイドが主導し、世界に先駆けたクリーンサプ ライチェーンを確立します。 |
大規模な民間設備投資の促進と必要なインフラ整備を官民一体で実行することにより、中部地域から世界をリードする新事業の創出を目指す構想です。
重点分野①:航空・宇宙・防衛戦略産業クラスターの強みと将来展望
航空・宇宙・防衛分野において、中部地域は我が国随一の産業集積地としての絶対的な地位を築いています。1980年代から米国ボーイング社向けワイドボディ機の共同製造に参画し、これまでに4,350機以上が世界中で飛翔しています。
日本の機体構造参画比率は20%を超えており、その主要部分を中部地域が担っています。まさに中部地域なくして世界の航空機製造は成り立たないと言っても過言ではありません。
実際に、国際戦略特区である「アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区」の推進により、中部地域は国内の航空機部品の約3割、機体部品に至っては約6割を生産する巨大な拠点へ成長しました。米ボーイング社の研究開発拠点が国内で唯一設置されているほか、産学連携コンソーシアム「CSAP」を通じた持続可能な生産技術開発が進んでいます。
さらに、防衛分野における誘導体や戦闘機、次期防衛装備(GCAP等)の開発・製造拠点として重宝されているほか、次世代エアモビリティ(eVTOL・ドローン)の開発を手掛ける新進気鋭のスタートアップも多数集積しています。
【中部地域の航空・宇宙・防衛における目指すべき姿】
100年以上の歴史とサプライチェーンを活用
↓
航空・防衛・宇宙を横断する「デュアルユース型生産基盤」を形成
↓
2050年に約6兆円規模の市場獲得を目指す
中部 戦略産業クラスターでは、こうしたデュアルユース型の生産体制を強靱化し、2050年には約6兆円規模の市場獲得を目指す方針になります。
重点分野②:半導体戦略産業クラスターのエコシステムと人材育成
半導体分野における中部地域は、世界最大級の生産能力を誇るNANDフラッシュメモリ拠点(キオクシア株式会社)や、サーバ用ICパッケージ基板で世界シェア約5割を占めるイビデン株式会社をはじめ、世界トップシェアの部素材メーカーが目白押しとなっています。
中部地域の最大の特徴は、半導体を製造するメーカーだけでなく、自動車、産業機械、工作機械といった世界最高峰のユーザー産業(需要側)が同一地域に密集している点になります。
電動化やAI化の進展に伴い、車載パワー半導体やセンサーなどの高度な需要が発生しており、ユーザー産業の要求を起点に企画から量産までを一気通貫で行う「需要創出型エコシステム」が形成されつつあります。
- ユーザー産業(自動車・工作機械等)→高度なニーズ・要求の提示
- 半導体メーカー × ユーザー企業 →共同での共創開発の推進
- 半導体メーカー等→実用性と競争力を備えたパワー半導体等の量産・安定供給
- 地域のものづくり企業→半導体製造装置・部素材分野への新規参入・エコシステム拡大
また、クラスター形成を支える基盤として最も重要な要素が人材育成になります。業界団体の試算によると、中部地域では今後10年間で約6,000人の半導体人材が必要とされています。
この課題に対して、名古屋大学での「東海地域半導体実践人材育成拠点」の開設や、豊橋技術科学大学におけるLSI工場を活用した実践教育が展開されています。
さらに、三重県JR四日市駅前には令和14年度(2032年度)の開学に向けて定員400人規模の公立大学の新設が予定されており、産学官が一体となった人材供給基盤の整備が力強く推し進められています。
重点分野③:水素・アンモニア等戦略産業クラスターによるクリーンサプライチェーン構築
脱炭素(GX)の切り札となる水素・アンモニア等の分野において、中部地域はエネルギー需要サイド(産業側)が主導する世界屈指の先進エリアになります。
主要企業55社で構成される「中部圏水素利用協議会」や四日市コンビナート企業群を中心として、官民24団体による「中部圏水素・アンモニア社会実装推進会議」が設置され、2026年3月には「2050年水素・アンモニア社会実装ロードマップ」が策定されました。
具体的な取り組みとして、株式会社JERAの碧南火力発電所において、世界初となる燃料アンモニアの大規模転換実証試験が進められており、2029年度目途に国内初となる低炭素アンモニアのバリューチェーン構築を目指しています。
| 年次 | 全体需要量 | 臨海部 | 内陸部 |
|---|---|---|---|
| 2030年 | 20万トン | 17万トン | 3万トン |
| 2035年 | 33万トン | 28万トン | 5万トン |
| 2040年 | 36万トン | 28万トン | 8万トン |
| 2050年 | 236万トン | 220万トン | 16万トン |
また、愛知県では2030年度までに燃料電池(FC)商用車を7,000台導入する目標が掲げられており、水素ステーションの整備や運送事業者とのマッチングが積極的に行われています。伊勢湾臨海部(名古屋港、四日市港、衣浦港等)と内陸部が連携し、需要と供給を一体的に大規模創出することで、我が国の産業競争力強化とカーボンニュートラルの両立を実現する見通しになります。
未来に向けた産業の萌芽:フュージョンエネルギー(核融合)の挑戦
中部 戦略産業クラスター計画では、上述の3大重点分野にとどまらず、将来の持続可能なエネルギー源として期待されるフュージョンエネルギー(核融合)分野の育成も視野に入れています。
中部地域の高度な金属加工技術や素材技術を持つ製造業企業にとって、核融合という最先端分野のサプライチェーンやバリューチェーンへ参入する絶好のチャンスが芽生えつつあります。
自治体による研究開発費助成やファンドによる資金供給を通じて、未来の基幹産業を育て上げるエコシステムが動き始めています。
中部 戦略産業クラスター実現に向けた主要企業の投資動向とインフラ・制度課題
中部 戦略産業クラスターの実現を裏付ける要因として、民間主要企業による破格の大型投資が挙げられます。各分野のリーディングカンパニーが数千億円から兆円規模の資金を投じ、生産能力の増強や技術開発を猛烈なスピードで進めています。
| 主要企業 | 投資規模(補助金・支援金 活用分含む) |
投資の目的および対象 |
|---|---|---|
| キオクシア (株) |
1兆400億円(2022~2024年 度実績) |
四日市工場等での3次元フラッシュメモリ 開発・生産設備拡充 |
| イビデン(株) | 5,000億円(2026~2028年 度予定) |
岐阜県大垣市・揖斐郡等での高機能ICパッ ケージ基板の生産増量 |
| (株)デンソー | 2,116億円(2024~2025年 度実績) |
幸田・大安製作所でのSiCウエハ生産体制 の強化 |
| 川崎重工業 (株) |
930億円(2023~2025年度 見込み) |
航空・防衛・宇宙セグメントにおける関連 設備の拡充 |
| 三菱重工業 (株) |
880億円(2023~2025年度 見込み) |
防衛分野を含む航空機・航空エンジン事業 の設備投資 |
| (株)JERA | 692億円(2021~2030年度 事業期間) |
火力発電所における燃料アンモニア化技術 開発・実証 |
| トヨタ自動車 (株) |
410億円(2024~2028年度 事業期間) |
水電解装置・燃料電池分野の国内サプライ チェーン構築 |
| (株)SUBARU | 190億円(2022~2024年度 実績) |
航空・防衛分野における設備増設および生 産合理化 |
一方で、これらの莫大な投資を活かし切り、クラスター形成を完遂するためには、解決すべきインフラや制度上の課題も存在します。
| 分野 | 主な課題と必要な政策対応 |
|---|---|
| 物流・道路 | 名岐道路や東海環状自動車道の整備、中部国際空港の貨物輸送拡充 |
| 産業立地 | 企業誘致・工場拡張に向けた工業用地確保と手続きのワンストップ化 |
| インフラ | 木曽川水系等の工業用水確保、瞬停対策を含む送電網の強化 |
| 制度・資金 | 水素等に関する保安基準の標準化、長期的リスク低減のための投資支援 |
| 防災・減災 | 新丸山ダム建設事業等の国土強靱化による災害リスクの低減 |
行政と民間の枠組みを超えてこれらの基盤を早期に整えることが、中部地域全体の持続的成長の鍵を握っています。
おわりに:中部 戦略産業クラスターが創出する参入機会と地域企業への支援
中部 戦略産業クラスターの推進は、大企業や先端メーカーだけでなく、中部地域に拠点を置くサプライヤーや中小製造業にとっても大きな事業転換の好機になります。
自動車部品製造で培った高精度な加工技術や品質管理手法は、航空・宇宙のデュアルユース部品や、半導体製造装置の精密部素材、さらには水素・アンモニア関連の配管・バルブ機器の領域へ応用することが可能です。既存の取引先に依存するビジネスモデルから脱却し、成長市場への新規参入や事業多角化を果たす絶好のタイミングが到来していると言えます。
私ども株式会社 船井総合研究所では、半導体産業や脱炭素関連市場への新規参入を目指す企業様に向けて、市場調査から技術の棚卸し、アライアンス構築、補助金・税制優遇の活用に至るまで、多角的なコンサルティング支援を提供しております。
中部 戦略産業クラスターという巨大な時代の潮流を捉え、自社の強みを活かした持続的な成長戦略を描くために、ぜひ私どもの知見をお役立てください。
参考文献:
- ・https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/chiikimirai/kankei_fukudaijin/dai3/sankoshiryo1no8.pdf
『中部地域における戦略産業クラスター計画の素案(2026年5月)』 (経済産業省 中部経済産業局) - ● 『日本成長戦略における戦略17分野』 (経済産業省)
- ● 『2050年水素・アンモニア社会実装ロードマップ(2026年3月)』 (中部圏水素・アンモニア社会実装推進会議)
- ● 『中部圏水素・アンモニアサプライチェーンビジョン(2023年3月)』 (中部圏水素・アンモニア社会実装推進会議)
- ● 『アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区 推進計画』 (愛知県・岐阜県・三重県・長野県・静岡県・名古屋市 ほか)
- ● 『中部地域半導体人材育成等推進体制』 (中部地域半導体人材育成等連絡協議会 / 事務局:中部経済産業局)
- ● 『四日市コンビナートカーボンニュートラル化構想・ロードマップ』 (四日市コンビナートカーボンニュートラル化推進委員会)





